被害者の声に心を寄せて 

被害者の声に心を寄せて 

父の死~ただただ悲しい思い~

 令和3年9月末、私の父は車対歩行者の交通事故に遭い81歳で亡くなりました。

 

 父は片側一車線道路を横断中に道路を渡りきる手前で路外駐車場から右折をしてきた車と衝突し頭を強く打ち病院へ救急搬送されましたが、3時間後に急性硬膜下血腫で亡くなりました。

 

 現場付近は商業施設が多く立ち並び歩行者の往来が多く、車道と歩道の区別がない道路で、運転者がより歩行者の動向に注意をして運転しなければならない場所でした。そして事故現場の駐車場の出口には「一時停止厳守」の警告看板があるにも関わらず、加害者は警告を守らず道路に進出し死亡事故を起こし、過失運転致死罪として在宅起訴され刑事裁判となりました。

 

 事故現場に居合わせたわけではないので、事故の詳細を知ったのは、半年後の刑事裁判の12日前でした。加害者は路外駐車場から道路に進出する際、一時停止をせずウインカーも出さずに右折をし、父と衝突しただけでなく父を転倒させ轢過しました。3ナンバーの大きなSUV車のタイヤの一部が父の身体の上に乗り上げられてしまったのです。これでは父が助かるわけがありません。父が味わった痛みは計り知れず想像を絶します。
 この事を知った時、事故当日起きた事実があまりにも痛ましく惨い有様で、泣きながら高齢の母へ電話をし、ショックで吐き気に襲われました。知人に話すと言葉を失い、一周忌に遠方から訪れた叔母は一晩中泣いていました。

 

 事故を起こして運転免許が資格停止となった加害者は、「もう車に乗らない」という意思表明をするために、事故から17日後に事故車両を廃車にしていました。警察官の許可も得ていたようでした。この事実を知った時私はとても驚きました。刑事裁判では加害者が勝ち誇ったような顔で証言していました。移動手段が少なくなった加害者の通勤や日常生活の移動は家族や職場の同僚が支えているようでした。

 

 遺族の側からすれば、加害者の運転はとても乱暴で起きた事実は痛ましいものであったにも関わらず、刑事裁判の最終弁論では加害者側の弁護士が父を厳しく非難し無罪を求める様な主張をしました。その主張は弁護士の意見であっても、加害者と加害者を取り巻く関係者全体の声の様に聞こえました。「私たちは何も悪いことはしていない」「被害者の非を処罰してほしい」という声が、素人には分からない難しい用語で、巧妙な手口を使って言い換えられていたにすぎないと感じました。加害者の不法行為を裁く席で言われたことなので、被害者で不法行為など何もしていないのに、加害者扱いされたみたいでとても辛かったです。

 

 加害者側の主張は私と高齢の母を精神的に苦しめ、地獄に突き落とされた気持ちで一杯になりました。翌日、母は嘔吐と眩暈で病院に救急搬送されました。病院で母の姿を見た瞬間に前日に味わった辛い気持ちがこみあげてきて、子供の様に声を上げて泣いてしまいました。「加害者側の主張が通ってしまったら」と考えると気が狂いそうになり、判決が言い渡されるまでは緊張感で何も手につかない日々を過ごしました。

 

 交通事故の遺族には「わざとやったことではないから」「示談が成立している」等の理由で厳罰を望まない遺族もいると聞きます。加害者側も同様のことを私達に期待していたのかもしれません。私達は真逆の態度を示したから怒りを買ってしまったのかもしれません。私達は父が亡くなる前年に50代の姉を癌で亡くしていたから、難病を患っていたわけでもない父が交通事故に遭い命を落としたことが、加害者の愚かな蛮行に映り行為を許すことが出来ませんでした。被害者参加制度で40分に及ぶ私の意見陳述も加害者側には筋違いで見当違いな意見に響いていたのかもしれません。

 

 加害者は検察官から禁錮1年2月の求刑をされ、裁判長より同年月の執行猶予3年の判決が下されました。執行猶予付きの判決なので、即矯正施設に行くこともなく、今までとあまり変わらない普通の生活が続いていくようです。比べてはいけないことかもしれないけれど、人の命を奪わない罪を犯しても、父の事故の加害者の判決よりも刑期が長く実刑判決になったニュースを聞くたびに切なくなります。

 

 父が亡くなってから、高齢の母はそれまでとても健康だったのに、健康診断の結果が良くないことが多くなりました。辛い出来事は知らず知らずのうちに、母の身体に負担がかかっているのでしょう。私の不安と心配は尽きることがありません。
 母との強い絆の基に亡き姉・私を愛情豊かに育てた父。私達3人に何一つ不自由な思いをさせなかった父。優しい父と一緒に穏やかな暮らしをしていれば、母も体調不良に悩まされないのでしょう。それを思うと父の死が悔やまれ、ただただ悲しくなります。

 

匿名(女性50代)

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